「シズコさん」佐野洋子

「シズコさん」佐野洋子、新潮社 2008年
友達が、「この本を読みながら、亡くなった母のことを思い出した。すごーく、よかった」とだけ言った。そう彼女が言ったから、優しい母を恋い慕う話かとおもったら、とんでもない、全く反対で、嫌悪感を隠すことなく、老いの身体的醜さも容赦なくビジュアルアーティストの目でスキャンして文章化していた。と、思っていたら、やっぱり最期は、、、

本質を飾らずに簡潔な文体で書いているので、あっという間に読めそうなものの、そうできずに、読むのに時間がかかった。読みながら自分の子育て、親子関係を考えた。私自身が、私の長女にとっては嫌われるべき「シズコさん」だった、或いは未だに、シズコさんかもしれないと思い、今は亡き私自身の母親も、私の一番上の姉にとっては「シズコさん」だったのではないかと思った。

佐野洋子さんは母親に嫌われていると思いながら育った。最期の最期まで、そう思っていた。大変に不幸なことである。しかし、多くの子供が実はそう思いながら育つのではないだろうか。まともな頭の持ち主は、「私は親に愛されていて、なんて幸せな子供なのだろう」などとは思わずに、誰か、自分よりもラッキーな子供を探し出してきて、その子供と比較して、なんと自分は不幸せな子供だろうと、親はどうして私をあのラッキーな子供のようにしてくれないのだろう、と思う(恨む)のが普通ではないだろうか。まあ、恨んだとしても、「親が自分を嫌っている」とは思わないか。

親は「叱る」「褒める」を年中繰り返している。この二種類のメッセージを発信しながら子供を育てていく。その塩梅が難しい。佐野母は叱るばかりで、褒めるという行為がなかった。娘というか、子供にとってはこれは辛い。佐野娘は母親を動物的な人だと言う。赤ん坊を抱く佐野母は菩薩のようで、子供が歩けるようになったらホッタラカシだとも。

動物は「立派な猫になりなさい」「いい子ね」などという動物的メッセージを発するのだろうか。ネズミを沢山捕まえてきても「えらい」なんていうのだろうか。わからない。動物は親に褒めてもらうのを期待しないのだろうか。

少なくとも、我が家で15年一緒に暮らした猫は、トカゲなどを捕まえると、必ず独特の「見てくれ!」という激しく甘えるような鳴き声を遠くから発するので、やっぱり、動物であっても親か誰かに認めてもらいたいという欲求はあるのだろう。その声を聞くと、何を捕まえてきたか想像できたので、私は見に行かなかったけれど。猫は私に嫌われていると感じていただろうか。餌をやれば喜ぶから、それでいいと無視していた私は佐野母のようか。

「いい子」とか、「良くやった」という褒め言葉ではなくて、”I love you”という、道端に落ちていそうなありふれたメッセージがある。

アメリカ社会は”Love”に溢れている。朝、子供を学校に送って行って、お母さんが”I love you”と車の窓を開けて叫んでいる。私には気恥ずかしくてできなかった。”I love you”のメッセージを私自身がもらって育っていない。静かに「元気で行ってらっしゃい」位しか言えない。子供へのメッセージとしては力がなかっただろうなあ。夫も、その点、”Love”を口に出すほうではないから、我が家の子供たちは、他の子供と比較して、なんと冷たい親だと思っただろう。

”You are loved” というメッセージもある。あなたは、何があっても、(神に)愛されているのだという強い肯定的なメッセージ。例え、嫌悪すべき親しかいなくて、あなたのことを愛してくれなくとも、(子供の)あなたは、いつも(神に)愛されている、(親のことなんか気にするな!) という、かなりインパクトのあるメッセージ。これだって、自分のものではないから、使えなかった。

佐野娘は、ちっとも母親に愛されて(可愛がってもらって)いなかったのだから、老人ホームに母親を入れるくらいなんとも無いだろうに、大金を払って、高級なホームに入れた後も、母親を捨てたと後悔している。長女の宿命ではないだろうか。いつでも母親代わりになれるようにと、否応無く刷り込まれたしまった逃れられない義務観念。親が愛してくれなかったんだから、捨てたっていいんだ、これでいいのだ、と割り切れればいいのだけれど、その親を好きになれない自分が嫌だ、ということになると、やっぱり河合隼雄先生の出番だ。どうしようもなく、損な役回りである。

最期に、硬く凍りついた気持ちが溶けて、「ありがとう」「すぐ行くからね」と、穏やかな気持ちで亡き母親に語りかけることができて本当によかった。私自身が許されて穏やかな気持ちになれたような気がした。彼女はこの本を出版して3年後に亡くなっている。

また、最後まで母の面倒を看た私の姉も、私とは全く異なった最後の時間を母と過ごしたようだ。「やり抜いた」という、ある意味、達成感のようなものと、終わって(解放されて)、放心状態になり、何をしたら良いのかわからないという状態が暫く続いたようだ。

10歳年上の姉は、今、私にとって母の代わりのような存在です。