「日本語練習帳」大野晋

「日本語練習帳」大野晋、1999年

この本が出版されたのは、今から15年前だが、基本の日本語の骨格を理解して技能を磨くための練習本としては、今も間違えなく使える。

2章の文法なんか嫌い

の章では、「は」と「が」の説明をしながら、分かりやすい文とはどういうものかを説明している。

昔々、あるところにおじいさんと、おばあさんがおりました。

おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に、、、

日本語を勉強している外国人に 「は」と「が」の違いの説明を求められたりする事のある方は、この章を読むと上手に説明ができるようになるはずだ。

保険の契約や、クレジットカードの申し込み書の文、法律の文章なども、彼が説明するように、A(主語)とB(述語)がなるべく近くで呼応して、言わんとすることを明確にしてくれるとありがたい。が、そうはならないだろう。責任や権利の交渉余地を(売り手)に有利にするために意図的に不明な文章が書かれることもある。そういう文を読み解くために、読み方の練習をしておくことは無駄にならない。

すっかり忘れていた話。

学校で避けて通れない作家の志賀直哉だが、彼は、日本語を嫌っていたようだ。第二次大戦後の教育改革で漢字全廃、ローマ字化の動きに対して、

「日本語は不便だ。この際、世界で一番美しいフランス語に国語を変えてしまったらどうか。自分はそれほど、フランス語のことは分かってはいないけれども、フランスは文化の進んだ国だし、文人たちによると、整理された言葉ともいうし(自分では判断できない。人の意見)フランス語がいいような気がする」と、書き述べたそうだ。また、これより60年遡った出来事として、

「森有礼は英語を国語にしようとしたが、もし、それが実現していたら、日本の文化がもっと進んでいたことであろう。恐らく、今度の戦争も起きていなかっただろうと思った」と言っていたそうだ。彼が21世紀の今、生きていたら、公用語に英語を採用した企業を見て、

「ほら、自分の言った通りだろう」と表面だけを見て喜ぶかもしれない。その程度の人だったとは驚きだ。

文の推敲、重要ポイントの抜き取りの練習の合間にこのような話題も挿入されている。