「この国のかたち」司馬遼太郎

「この国のかたち」司馬遼太郎、1990年

司馬遼太郎による歴史エッセー。はじめに人間や国家のなりたち、思想について触れ、日本には自前の思想が育たなかった、思想はいつも外からくるものだったと断言している。確かに、遣隋使、遣唐使を送る前の日本がどのようだったかは不確かで、経典を持ち帰って以来、延々と様々な思想、宗教は外からやってきた。

宗教の持つパワーが増せば、織田信長のような人がそれを打ち払って、人々の暮らし方をコントロールするものはあった(ある)ものの、それ以上をコントロールするものはない。彼の取り上げる登場人物は、自身の好悪が現われ、彼の手による「菜の花の沖」の高田屋嘉兵衛のような人物、現在で言えば、学歴はないが教養のあるコスモポリタン的資質を備えた人物を高く買っている。反対に、第二次世界大戦前、大戦中、大戦後、軍という組織の中で上手く立ち回った責任を取らなかったエライ人を名前を挙げて攻撃している。

出版されてから25年が経った今、司馬遼太郎が生きていていたら、幕末の出来事について別の見方をするのだろうか。明朗闊達で、著者が好んでいた坂本龍馬も、「坂本龍馬、グラバー、開国、三菱財閥」というキーワードでサーチすると、あっという間に、スコットランド人のグラバーと海援隊を率いた坂本龍馬に関する、史的資料、私見、陰謀説がリストされる。

クールジャパンの世界に暮らしていた日本を新市場として捉え、開国を迫った英国/アメリカの使いっ走りとして龍馬が使われてたかにも見えてくる。グラバーという若者は、同じスコットランド人のJardin & Mathesonがアヘンを清国に売って大儲けをしたのを見たか、聞いたかしたのではないかと想像してしまう。狡猾な人々を相手に一方的に不利な条約を締結させられてしまったのは、今に始まったことではない。

中国、朝鮮(韓国ではなく)日本の歴史的関係、朱子学の影響の部分を読むと、今の政治的関係、感情的ねじれが少しは分かる気がする。日本は自分たちが「華」だと思っている人々を相手にしているのである。江戸期、多様な思想が出てきて、官学であった朱子学の空論性を攻撃するような思想家が居た日本と違って、朝鮮は現実よりも名分を重んじた朱子学を唯一の価値として進んだ。その価値が未だ、国民的価値だとすると、思想性の薄い(弱い)日本人と相容れない状況が起きるのは仕方がないことなのかもしれない。信じる力は侮れない。