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映画「八墓村」– 1977年版は寅さんが金田一耕助を演じた

公開 1977年 監督 野村芳太郎 脚本 橋本忍

持っていることを忘れていたDVD。オープニングは古い羽田空港。

 

 

 

若いショーケンがAGS職員(飛行機を誘導するスタッフ)に扮していて懐かしいと思いながら見ていると、一転して山深い岡山県の村に舞台が移された。いつ怖いことが起こるのかと期待(?)しながら見ると双子の白髪の老女小竹と小梅が古い家で黒い着物を着て座っているだけで不気味だ。その二人が腰を屈めて暗い庭を歩くのも何故か怖い。彼女たちは、AGS職員のタツヤを、この旧家の資産家、多治見家に戻して家を継いでもらおうと画策していた。なぜなら本筋の後継者久弥は病弱で、出戻りの久弥の妹は子供を産めない体だった。タツヤは一応、二人の弟なのだが、誰もがそうではない事を知っている。

タツヤは自分を探している新聞広告を見て、母親の言い残した自分の出生地を知りたいがために、この家に来るわけだが、何故か次々に人が死んで行く(ミステリーでは大抵平和な村で人殺しが起きる)。新聞広告を出した法律事務所に雇われて村に来た探偵が寅さんじゃない、渥美清演じる金田一耕助。この役はてっきり石坂浩二だと思っていたので、ちょっとがっかりした。寅さんのイメージを振り払って、渥美金田一に慣れるのに少し時間がかかった。今更、私があらすじを説明するまでもなく、この多治見家を含めた八つ墓と呼ばれる村の「祟り」と、その「祟り」を盲信する人々を操る人がいることを金田一耕助が解いていく。気が触れた山崎勉の演技は迫力がある。

そこで古いDVDをしまって忘れてしまえば、それでお終いだったのだが、登場人物の関係がすっきり分からないので「おさらい」をしようと思ってインターネットで「八つ墓村」とキーワードをインプットすると、私の知らなかった「津山事件」と呼ばれる1938年に起きた陰惨な事件が上がってきた。原作者の横溝正史は岡山県で実際に起きた30人もの死者が出た、この事件を元に本を書いたのだという。

過去の事件を今知ったからと言って何の役にも立たない。が、小さな村で孤立していた若者が精神を病んで村人を殺して最後に自分も死んでしまい、何故そうしたのか?は誰も分からないのは、アメリカで何度も起きている銃乱射事件と共通性がある。つい最近、2017年11月5日にテキサスのSoutherland Springsという人口600人程度の町で起きた銃乱射事件も死者は26人に上り、本人は最後に自殺してしまった。そのため、乱射した理由は永久に分からない。

日本は昔、平和だったと思い込むのは間違いで、私たちが知らずに済んだだけなのかもしれない。また、人を孤立に追い込むのは、コミュニティーとして後味が悪いだけじゃなくて、大きなリスクを伴うことになるのは、いつの時代でも、どこでも同じだ。

 

銃規制よりセクハラ問題への関心の方が高い社会

10月初めにラスベガスで銃による無差別殺人が起きた。それから1ヶ月して、テキサスの田舎町でも、最も穏やかであるべき教会で乱射があった。しかし、注意持続時間が短いメデイァはラスベガスの事など今では何も取り上げないし、銃の規制などは気が遠くなるほど希望がないので、政治家も誰も何も言わない。

それより、ニュースとして美味しいのは映画・テレビ界で力を誇っていた男たちがセクハラで糾弾され、一時的にせよ崩れ堕ちて行く姿だろう。フツーの人間も、このセクハラ問題への関心は高く、事実、私たちも久しぶりに会ったカリフォルニアの友達や、感謝祭のディナーで若い世代を交えて討議した、ワインを飲みながら。

次から次に”me too”(実は私も被害者)が後を絶たないのだが、これがどういう形で落ち着くのだろうか。握手や、肩を叩いたり、また、ハグはリスクがあるから、日本のように「おじぎ」と言葉による挨拶が安全となって、大の男が腰を屈めたりするようになるのか。カリフォルニアの友達によれば、退職した彼の大学教授のお兄さんは学生との「タッチ、接触」はしなかったそうだ。「良く、やった!」とか、卒業して別れて行く学生に「がんばれよ、元気でな!」とハグなどはしなかったのだろう。

圧倒的に少数の「悪いやつ」が、残りの99%の心地よい雰囲気やシステムを壊すのは空港のセキュリティーに似ている。

「ワインスタイン、あのプロデューサーはいかにも平気で嫌がらせをしそうだけど、落ち着いたインタビューで信頼に足ると思っていた、チャーリー・ローズまでが、裸で若いスタッフの前に出たりして、セクハラしていたのには驚いたし、がっかりした」と友達と話した。本当の事は分からないけれども。

老いた裸体を見たことがある。裸体のデッサンのクラスで垂れ下がった皮膚と乳房でポーズを取った女性、股を広げたハゲ頭の男性などを描いた。感情は湧かず、「静物の代わりに人体」でしかなかった。見ている側の立場が上だった。

ハーベイ・ワインスタインやチャーリー・ローズなどは、生殺与奪の権を持つ者として困惑したり、嫌がる女性に裸体を見せて、自分の力を感じたかったのだろうか。見られる側が力があって、見る側は「物体」を見るように無感情にはなれなかったと想像する。既に実績を積んで認められたセレブなのに、どうしちゃったのだろうか、と思ったが長年の癖なのかもしれない。美しい女性が役を求めて次から次にやってくるのだから、何をしても大丈夫と思ってしまったのだろうか。引き際が悪いと、今までの実績すらも地に落ちてしまう。

多くの会社や政府機関ではセクハラ問題に陥らないように教育していると言う。裁判沙汰になった日にはビジネスの妨げになるし、損失は大きい。男性管理職は女性職員への対応に細心の注意を払い、それはとても距離を置いたものになることだろう。「望むところです」と言う女性が多いかもしれない。が、下手をすると、どこの世界にしても、オールドボーイ・ネットワークなどと言われるジェンダー・ディバイドが今までより大きくなるかもしれない。

カリフォルニアでの結婚式。着物で踊る。

lovely という言葉で表現するのがぴったりの結婚式に出席した。宴席のデコレーションのテーマが「本」だったのは、花嫁・花婿の出会いの場がロースクールの図書館だったためだろう。花婿はこの結婚式の前日にカリフォルニア州から司法試験の合格通知を受けた。本人、既に試験にパスしている花嫁、それに出席者の全員が胸を撫で下ろし、かつ誇りに思った筈だ。

 

牧師が執り行ったセレモニーの場は木々に囲まれた緑深い戸外だった。結婚は一生をかけた二人の「スピリチュアルな契約である」的なことを延々と言っていたが、弁護士の二人は終始手を握り合い、途中何か呟きながら微笑んでいた。仕事に関係するような言葉を聞いて可笑しかったのかもしれない。その後、二人が自分の言葉で相手との出会い、その時の思い、誓いを読み上げて、指輪の交換で式は終わった。大抵の式次第は、このようなものなのだろうが、「厳か」とは違う「清い」感じがした。

ハンサムな花婿に私が一番最初に会ったのは、今から31年前。夫と私は結婚儀式を日本で仏式で挙げて、カリフォルニアではレセプションだけを、やはり戸外で行った。そこに連れてこられた彼はヨチヨチ歩きをしていた。髪の毛が燃えるように赤かったのが印象的だったが、あの色は大きくなるに従って変わってしまうんですね。私たちが東京に住んでいた時には、父親と一緒に黒いシャツ、サングラス、それに土管のような超ダバダバなジーンズで訪ねてきた。生意気な中学生時代。
スリムな体にフィットした、この日のスーツ姿を誰が想像できただろうか。別れた両親は会場でにこやかに会話を交わしていたが、これぞ大人の社交の仕方というものだろう。それぞれが共通のゴールに到達した境地なのかもしれない。これからも別々の場で、若い世代に含めてもらいながら、この先の人生を交わることはなく、いや、もしかしたら交差しながら送るのだろう。

パーティーでは、花嫁・花婿、それにお客さんがエネルギッシュに踊っていた。私も着物で踊ったのだが、花嫁さんが私を見つけて、「あなたがTomokoね、来てくれて嬉しい」と手を取って言ってくれた。私も音楽に負けずに大声で「おめでとう、私もすごく嬉しい」と言った。長いこと飲んだり、踊ったりしていたのだが、さすがに音と若いエネルギーに圧倒された我がグループは二人に幸多かれと願いながら会場を後にした。