映画 Westworld (ウエストワールド) 新旧を一挙に観る

Westworld 2016年

 

https://www.amazon.com/Westworld-Yul-Brynner/dp/B000LJ9ZWE/ref=sr_1_3?s=movies-tv&ie=UTF8&qid=1515442271&sr=1-3&keywords=westworld

2016年 監督 Jonathan Nolan & Lisa Joy他

1973年 監督 Michael Chrichton

2016年に放映された新しい Westworld (ウエストワールド)は物凄い制作費をかけた興味深いテレビドラマと聞いたが、暴力性が高いとも聞いて敢えて観ようとはしなかった。ところが、

「Game of Thrones の暴力性とはちょっと異なる。大丈夫だよ、これを言ってしまうとストーリーを明かすようだけど、殺されるのはロボットばかりだから」と、3枚組のDVDをプレゼントしてくれた人が言った。 それなら安心して観られると判断した私はこのストーリーに現れる旅行者のようだ。何が起きても所詮相手はロボットだと。

舞台は無法のアメリカ西部開拓時代のテーマパーク。が、お子様連れの家族を楽しませてくれるディズニーランドとは違い人間の持つ悪の欲望さえも開放して満たしてくれるのがDelos社のバケーションのスタイルだ。ならず者のコスプレで西部にフラリ現れると、早速ちょっとした事で諍いに巻き込まれ、殴り合い、銃撃戦が起こるが、お客さんは絶対に殺されない。

死ぬのは人間と見分けがつかないような精巧なロボット(ホスト)だけ。そのようにプログラムされている。死を賭けたような状況(前もって予定された筋書き)で戦ううちに、その人の本性が表れたり、変化していったりする。

そのバケーション参加費用は法外と言えるかも知れないが、人間と変わらないロボットを作り、そのロボットがどのような行動を取るかを常時コントロールし、時として精神問題を抱えたロボットを回収して、セラピー(!)を与え、ゲストに殺されたホストに医療を施すこと(修理)を考えると、安い費用でではできないことが作り物の映画のストーリーとは別に想像がつく。事実、映画の中でも、Delosの株主理事会と、薄気味悪い天才的創始者のフォード博士(アンソニー・ホプキンス)との間に利益と技術・芸術性を巡る対立があることがわかる。

私たちの中にはロボットが人間を打ち負かすほど発達して、人間を繰るようになるかもしれない、繰るばかりでなく攻撃してくるかもしれないという不安がある。 楽天的なAI開発者はもうすぐ人間に協力的な「性格の良いヒューマノイドロボット」ができる可能性があると話すが、一般人は「あいつら(開発者たち)何やるか分かったもんじゃない。でも、人間のようにはどんなに頑張ってもなれないだろう、どーだ」と強く思う。しかし、一方、毎日夜10時半に寝て、翌朝7時に目が覚めて水を飲み、ストレッチ運動して、8時半にコーヒーを飲み、大きな喜びも悲しみもないまま日を送るパターンとなれば、ループ化された日常を送る(送らさせる)ロボットとさほど変わらない。

それでは人間の脳とロボットの電脳と何が違うのだろうかなどと、考えてみる。

人の脳は感情、意識など、個人的で数値化しにくいデータでも瞬時にスクリーンして嫌いなものは見ない、覚えない、例え覚えたとしても意識的に忘れるか、薄くしてしまえる自主性を持たされている(神によって?)。いくら頑張っても重要な情報をストアーできないで困り果てたりもする。これに反してロボットに搭載されている電脳は、デザインした人が変人・奇人なら、その性癖が反映されるだろうし、プログラミングを変えてもらわないと、そのループを繰り返すことになる。人間に近い感情を持たされた性能の良いロボットほど混乱が生じるのではないだろうか。

1973年のWestworldは西部開拓時代、古代ローマ、中世ヨーロッパのテーマパークでお仕事をさせられて、殺されるばっかりで(嫌気のさした?)エラーが出たロボットが人間を襲うという画期的なテーマだった。たったの90分程度の長さの中で、Delosでのバケーション内容、コンピューターの脆弱性、ロボットの反逆などがシンプルに語られる。

自然体でも異様な風貌のユルブリンナーがお客さんを執拗に追いかけて殺そうとするロボットに扮している。延々と続くサスペンスシーン。あれ、どこかで見たぞ。その後10年くらいしてから、Hasta la vista!

と言って一大センセーションを引き起こしたシュワルツネッガーとそっくりだ。ターミネーターは、このアイディアを拝借したかとも思える。

いずれにしろ2016年のWestworldhは、1973年の古いストーリーのパイ皮を薄く伸ばして、折って、畳んでロボットの感情を折り込んで、何層にもしたものだ。ヒューマノイドロボットのメロドラマのようになり、この先、何シーズンも続くことだろう。

登場人物、ロボットの関係がよく分からずに45分、10エピソーをを見終えたが、最後のエピソードは広げた風呂敷を時間がきたからと、慌てて畳んだ感があった。演技陣はさすがだが、今の私の目はコンピューターグラフィックにすっかり慣れっこになっていたことが分かった。