映画 I, Tonya ( 私 トーニャ)と Molly’s Game (モリーのゲーム)。冬季オリンピクを直前にタイムリーな映画2本

I, Tonya (私、トーニャ)

監督 Craig Gillespie 脚本 Steven Rogers

公開 2018年1月

冬季オリンピックに合わせたのだろう。元オリンピック・フイギュアスケーターのトーニャ・ハーディング、スキー選手のモリー・ブルームの自伝的映画が立て続けて公開されたがどちらも面白かった。殊に、I, Tonya はアカデミー賞を獲得するだとうと予想している。

「I, Tonya」という題は日本語だと「私 トーニャですけど、何か?」或いは「お騒がせのトーニャです」とでも言ったらよいか。彼女はそういう印象を常にフィギュアスケーターとして与えてオリンピックに出場し、メダル獲得はできずに、それだけではなく過去に勝ち取った各種選手権のメダルや栄誉を剥奪されて消えた。

メディアとはそういう獣なのだろうが、トーニャは叩いて構わない人のように扱われていた。対する守りたい女神のような対象はナンシー・ケリガン。彼女は1992年のアルベールベル・オリンピックで銅メダルを獲得していた。しかも、細っそり美しく米国を代表するにふさわしいと一般大衆にサポートされていた。当然2年後のリレハンメルでは金メダルが期待されていた。

技術はあるけれど(伊藤みどりに次いでトリプルアクセルを2番目に成功させたとされている)、フィギュアスケート選手として相応しくない(暗に育ちが良くない)トーニャが元夫を含む一団にお姫様を襲わせたとなればメディアは大興奮して彼女を叩いた。彼女は「叩かれ慣れている」と言っている。母親は今でいうモラハラだ。そういうシーンが何度も出てくる。その母親約のアリソン・ジャネイの演技が素晴らしい。

彼女のトーニャに対する愛情表現は持っているお金をはたいてフィギャースケートをさせてやることだ。資力のある親や協力者にサポートされた競技者ではなく、彼女は不運な人生格闘的アスリートだった。彼女については当時、興味はなかったものの、「あなた運が悪かったわね、頑張ったわね」と言ってやりたい気持ちで見終えた。

Molly’s Game ( モリーのゲーム)

監督・脚本 Aaron Sorkin

公開 2018年1月

良い子のスキーヤーであるモリーの場合はモラハラは父親ケビン・コスナー)から来ていた。心理学者にもかかわらず、背骨の大手術をした幼い娘に星一徹のように厳しい練習を課すような人だった(巨人の星の星一徹を知らない人も多いかもしれない)。娘は他の男兄弟二人と違って何故、自分ばかりが厳しく扱われるかがわからない。勉強もよくできて、常に努力を怠らないモリーはオリンピック出場をかけたスキー選手権で不運なアクシデントで競技生活を閉じる。

ロースクールに行く前にロサンゼルスにでかけて、気分転換をと思ったら、人生転換が起きてしまった。見よう見真似で賭けポーカーを手伝ううちに、頭の回転の良さも幸い(?)して高級ホテルで女胴元のようになっていく。頭脳と美を武器に自転車操業のような賭博ビジネスを続けるが、ロシアのギャング、それにFBIには勝てない。

法的な窮地から救いの手を差し伸べてくれるのが、007 じゃないイドリス・エルバ演じる弁護士。これからどうなるんだ、とゴール(終わり)が近くなってくると、ずっと連絡を絶っていたケビン・コスナーというか父親が急に現れるのは、ちょっと安易なストーリーじゃないのと思えるが、まあいいか。

メダルを取って、シリアルのコマーシャルに出られるのは金メダルで首が折れそうになるくらい取らないとできない。モリーはオリンピックに手が届かず、トーニャは不名誉なまま忘れられ、直後の金銭的見返りは得られなかった。が、後でスポットライトを浴びる結果となった。