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本 The Treatment Trap – アメリカ医療のネガティブな一面

 

The Treatment Trap

The treatment Trap

Rosemary Gibson,
Janardan Prasad Singh

2010年

私たちはお医者さんに

「あなたはガンです。抗がん剤で治療をしましょう」或いは

「あなたのお父さんは心臓病でバイパス手術が必要です」

「子宮の腫瘍が悪性です。子宮を切り取ってしまいましょう」

と言われた時に

「ちょっと待ってください。第二、第三、第四の意見を聞きますので、直ぐには決めません。それと、治療によって起きうるマイナスの面、治療をした場合の延命率、QOL(生活の質)向上のデータを知りたい。その病院、執刀する医師のデータはあるのか、失敗する確率はどのくらいか。医学の学会誌に掲載されたような記事はあるのか」

などとお医者さんに聞けるだろうか。恐らく聞けずに、家に帰ってインターネットでサーチして有象無象の記事を読み、友達や親戚に意見を求めたりするのではないだろうか。そして、多くの場合、はっきりした結論は出せなくて、何もしないより、何かしたほうが良いだろうという結論に立ってお医者さんにお任せすることが多いのではないだろうか。

この本は中途半端なその態度は良くないと言っている。それを直して、とことん調査をして自分が主体となって決定しない限り、不必要な治療は止まらないと。そして、日本やヨーロッパの事情がどうかは分からないが、アメリカの「グリーンモンスター(お金)」に駆られた行き過ぎた治療に警鐘を鳴らしている。

不必要な治療により命を落としたケース、多大な医療費の浪費、政治とウォールストリートと結びついた利益重視の病院経営など、その事例が延々と語られていて、溜息をつきながら読むことになる。警鐘の本なので、患者が助けられた明るい話はない。

アメリカの五大湖沿岸の都市を旅行した時に、嘗ては隆盛を極めたであろう寂れた中心部にピカピカの大学と異様な規模の巨大病院を見た。一体、どのくらいの数の病人がここの施設に収容されているのだろうか。仮に人々がどういう方法かで健康になってしまったら、あの施設はゴーストタウンと化すわけで、常に一定数の患者(お客さん)が必要なのだろうと想像した。それにアメリカでは、多くの医者が多額の教育ローンを返済しなければならないこと。また、裁判沙汰になるような医療ミスを防ぐために、過剰と思われる治療が施されることもあるだろう。医療分野に群がって蜜を吸おうとする人々がいる限り容易に解決できる問題でもないだろう。

特に目新しい事は書かれていないが、医療費でつぶされて崩壊する前に、この自分の不確かな命と体をどう扱うのかを考えなくてはいけないと思った。

日本語翻訳が「治療のわな」という題で出されていた。

 

本「花と龍」- 火野葦平が両親を書いた

「花と龍」火野葦平

花と龍

火野葦平 1952年〜3年

アフガニスタンで砂漠に水を引く事業の先頭に立って、アフガンの民を率いている日本人医師中村哲氏の叔父さんが火野氏であり、花と龍の主人公玉井金五郎とマンが彼のご祖父母だとは全く知らなかった。

それが、ある時、若い友達と中村医師の話をすることがあったのだが、

彼女が「私、彼のおじいさんの本、持ってます。読みませんか?」と貸してくれたのが、この本だった。

実話、つまり火野葦平は両親を書いたというのだが、あまりにロマンチックで、どこからどこまでが事実なのだろうかと思いつつも、疑うことを忘れてしまう良くできた冒険譚でもある。

日本が工業化して行く明治の終わりから昭和の時代。貧しくとも野望を持って生きた若者たちがいた。

玉井金五郎もマンも教育はなく貧しい出で、九州若松の港湾で沖中士をしていた。教育はなかったとは言え、彼らは知恵や人間として望ましい生き方の核とも云うべきものを持っていた。金五郎は一介の流れ者の労働者から生来の肝っ玉の太さ、人と素直に接する心構え、それに努力で「親分」にまで登り、労働者の側に立った「組」を発展させて行く。妻のマンは良き理解者で、一生を通じての恋人。ビジネスパートナーでもあった。

題名の龍は金五郎が賭博場で知り合った芸者に彫らせた刺青で、彼のシンボルでもある。マンはその頃の女性としては実に個性的で近代的。めかけを持つ男を認めず、めかけに腑抜けにされて仕事もまともにしなくなった「親分」に腹を立て、また、男をだめにしてしまった、そのめかけを家から追い払ったりしている。つまり、夫のマネジャーの尻をたたいて、会社の存亡がかかっている時に、愛人を追っ払って仕事をさせたような人だ、現代のコンテクストでは。

とにかく彼女は明るくて賢くて、しかも強い。

北九州一体を「仕切っていた親分」吉田磯吉は、そのまま国会議員になり睨みをきかしたようだ。

調べてみたら、山県有朋なども、暴力を嫌った玉井金五郎の宿敵であった吉田磯吉を繰っていたという。このあたりの資本家、政治家、暴力団との癒着などは読んで興味深いが、悲観的にもなる。暴力を避けて、弱いものの側に立ち、義を通して目的を遂行させようとする玉井金五郎の生き方、そのDNAは中村医師に引き継がれているのだろうと思える。

金五郎に惚れ抜き、サイコロを振る妖艶な芸者お京は「やくざ映画」になりそうだと読みながら思ったら、やっぱり沢山の映画がこの花と龍を下地に作られていた。

本「人生がときめく片付けの魔法」近藤麻理恵

近藤麻理恵
人生がときめく片付けの魔法

 

「片付け道」教本2冊。

「捨てる」「捨てる」そして 「捨てる」。キーワードは「ときめき」。

アメリカのベビーブーマーがダウンサイジングをする時期にきて、自分の持ち物を子供に譲り渡すつもりでいたのに、子供にはその気がなくて落胆する親が多いという記事を読んで、この本を思い出した。

世界各国で好評らしいので、バッサバッサと捨てられたモノがゴミと化して世界各地のゴミ捨て場が満杯になったか、なるのではないか。

退場させたモノの行く先、その末路、或いは経済的影響までは心配せず、ひたすら、「あなたの今いる場」をときめく場に変化させましょうに徹している。

デパートの売り上げが落ち続けているのも、この本を読んで片付けた後には「ジャンク」を買いたくはないし、少ないモノですっきり暮らしていけることに気付いて、それが好きと分かってしまった人が増えたからかもしれない。お土産、可愛い小物売りやさんなども困っているかもしれない。

私はこの本を読まずに「捨てる」を実践した。4年前、2階建て4寝室3浴室1シャワー・トイレの家から2寝室2浴室のアパートに引っ越した。その時は、「この洋服、この鍋、本は触ってトキメクかしら」などと言っている余裕はなく、兎に角期日までに所有物を3分の1までに減らす必要があった。ドラスティックなダウンサイジングであった。

但し「捨てる」ことはせずに中古品として売り出す、人にあげる、又は寄付をしたものが多かった。彼女が薦めるような縫いぐるみの「目を隠す」こともなく、袋に塩を入れて、ありがとうと言いながら捨てることもなかった。誰か次の人が使ってくれるだろう、と気が楽だった。

その過程で無感情に片付けて、モノを減らしたと言いながら、やっぱりこんまりさんが何度も話している「自分にとって本当に必要なモノ」かどうかを選別したと思う。

彼女は触ってときめくモノかどうかを捨てるか残すかの判断基準にしている。そして、片付けの終わったときめく生活空間で自分がやるべきことに情熱を捧げなさい、片付けは究極のゴールではありませんと唱えている。

これを聞くターゲットは一人暮らしの独身女性か、ライフスタイルの雑誌を愛読するような人で、子供がサーッカーの練習から帰って砂の混じった泥々の靴を脱ぎ散らかしたり、ストレスが激しく部屋いっぱいにモノを散らかしている女子高生がいるような人ではないだろう。オトーさんの臭い靴下や下着などもあまり片付けについては考えたくないかもしれない。モノの少ない、整理整頓された部屋に置かれた赤ん坊は、涎を垂らしながら「引っ張り出して、うるさい音を立てて散らかす」体験をあまりできずに育つかもしれない。どうだろうか?

捨てられない(選択をできない)理由に「過去に対する執着」「未来に対する不安」を上げている。同感する。更に言えば、人に対してどのくらい気を許すことができるかにも繋がってくる。育った環境が関係して、自己防御をしながら生きてきた人の心を変えるのは大変なことだ。それを、こんまり流片付け術で変えられるのなら、精神修養のリーダーと言える。彼女は片付けに情熱を注ぎ小さい時から打ち込んできた。それは天職とも言え、人をそれに依って惹きつけているので、茶道や花道と並ぶ「片付け道」のマスターとも言える。現在を重視するのは、一期一会など同じ考え方だろう。

パンツやストッキングの畳み方などをきちっと教えようとするのは、お茶室の入り方、右足を後ろに引いて何歩で畳の縁をまたげと細かく教えるのと同じだ。彼女の理論を説明したのが「人生がときめく片付けの魔法」。ピタリと決まる正しいたたみかたなどを図解したのが「イラストでときめく片付けの魔法」

そのうちに、Karate, Judo, Sushiなどのように、Katazkeyなどという言葉が世界語になるかもしれない。