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クリスマスプレゼントは鍋釜、コンピューター、それにマッサージ機

フォンジュ鍋

人が集まる時には欠かせない大型炊飯器

よほど食いしん坊の母親か妻だと家族から思われているようで、過去何年かのクリスマスプレゼントに鍋のセットや、電気釜、フォンジュ鍋、アイスクリームメーカーなどをもらった。コンピューターやマーケットに出たてのデジカメのこともあった。それに各種のマッサージ機も。足をブルブル震わせたり、肩を揉むための器具だったり。

 

2回くらい使ったか、パスタメーカー

皆さんのご家庭にも、あまり使わないジューサーや、ブレッドメーカーはないですか? たいてい1度や2度勢いよく試して、結局お気に入りのパン屋さんで買ったほうが簡単だという予測通りの結論が出されて、静かに棚の奥にしまい込んでしまったような調理器具の数々。

今年の調理器具はスタートのボタンを押すとピーッと鳴って、「アマリリス」の音楽が出来上がりを知らせるようなローテックなものではなくて、スマホにレシピーをダウンロードして、きっちりと温度と時間をコントロールして調理するSous Vide(スーヴィード)という、一見、マッサージ機に見えるものをもらった。

一瞬新しいマッサージ機かと間違えた調理器具 Sous Vide (スーヴィード)

肉や野菜を切って、ストックを加えて後は5、6時間コトコトと何もしないで煮込むだけのクロックポットや、肉や魚をアルミホイルに包んでオーブンで焼くと言った、その場に付き添っていなくても「材料を投げ込んだ後は器具が勝手にお料理してくれる」種類の調理方法だ。スーヴィードは早く言えば、温泉卵のように、熱めのお風呂に肉や魚にもゆっくり浸かっていただいて良い塩梅に仕上がっていただく。ただ、卵と違って、生身の肉、魚や野菜にはプラスティックの袋に調味料と一緒に入ってもらう。

ゆで卵を試してみた。45分61°Cのお湯に浸かった卵は例の温泉卵になった。もう少し長くやればポーチトエッグができるはずだ。このあたりを気分でやらずに、データ化したレシピーでアプリで、きっちりコントロールするというところがこの器具のみそのようだ。

Sous Videで温泉卵を作ってみる。

ビデオで見る限り、出来上がった湯上りのすべすべのお肌の肉は、いくら柔らかくて美味しいと言われても、今一つ食いつきたくなるような表情はしていなくて、熱したフライパンで表面を焼いて焦げ目をつけることになるようだ。なるほど。

プロフェッショナルな世界では既にこの調理法が知られていると説明されていたが、きっとホテルで開かれる大宴会などでは、時間に合わせてビーフをお湯で調理して、タイミング良く、焦げ目をつけてソースをかければ手間暇が大いに省けるということが想像できる。

昨今は料理も「ちょっと忙しくて手が離せないからグツグツ煮立ってきたら教えてね」などと誰かに頼んだりしないで、無言でスマホとのやりとりになる作業か。

「あなたって、家事を何にも手伝ってくれないんだから、、、」

と言う奥さんにルンバで掃除の部分を手伝わせている男たち。料理の部分はこれで解決だ。実は、奥さんの文句はもっと深いところにあるんだけどね。

「後でセットアップしてやるよ」という夫に、

「私、自分でやってみる」と断った。

今年も湯船に浸かったまま、マッサージできるボールも、もらった。しかし、誤ってCOOKされてしまわないように、それはお風呂では使わないつもりだ。

カリフォルニアでの結婚式。着物で踊る。

lovely という言葉で表現するのがぴったりの結婚式に出席した。宴席のデコレーションのテーマが「本」だったのは、花嫁・花婿の出会いの場がロースクールの図書館だったためだろう。花婿はこの結婚式の前日にカリフォルニア州から司法試験の合格通知を受けた。本人、既に試験にパスしている花嫁、それに出席者の全員が胸を撫で下ろし、かつ誇りに思った筈だ。

 

牧師が執り行ったセレモニーの場は木々に囲まれた緑深い戸外だった。結婚は一生をかけた二人の「スピリチュアルな契約である」的なことを延々と言っていたが、弁護士の二人は終始手を握り合い、途中何か呟きながら微笑んでいた。仕事に関係するような言葉を聞いて可笑しかったのかもしれない。その後、二人が自分の言葉で相手との出会い、その時の思い、誓いを読み上げて、指輪の交換で式は終わった。大抵の式次第は、このようなものなのだろうが、「厳か」とは違う「清い」感じがした。

ハンサムな花婿に私が一番最初に会ったのは、今から31年前。夫と私は結婚儀式を日本で仏式で挙げて、カリフォルニアではレセプションだけを、やはり戸外で行った。そこに連れてこられた彼はヨチヨチ歩きをしていた。髪の毛が燃えるように赤かったのが印象的だったが、あの色は大きくなるに従って変わってしまうんですね。私たちが東京に住んでいた時には、父親と一緒に黒いシャツ、サングラス、それに土管のような超ダバダバなジーンズで訪ねてきた。生意気な中学生時代。
スリムな体にフィットした、この日のスーツ姿を誰が想像できただろうか。別れた両親は会場でにこやかに会話を交わしていたが、これぞ大人の社交の仕方というものだろう。それぞれが共通のゴールに到達した境地なのかもしれない。これからも別々の場で、若い世代に含めてもらいながら、この先の人生を交わることはなく、いや、もしかしたら交差しながら送るのだろう。

パーティーでは、花嫁・花婿、それにお客さんがエネルギッシュに踊っていた。私も着物で踊ったのだが、花嫁さんが私を見つけて、「あなたがTomokoね、来てくれて嬉しい」と手を取って言ってくれた。私も音楽に負けずに大声で「おめでとう、私もすごく嬉しい」と言った。長いこと飲んだり、踊ったりしていたのだが、さすがに音と若いエネルギーに圧倒された我がグループは二人に幸多かれと願いながら会場を後にした。