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映画 Temple Grandin (テンプル・グランディン)

自閉症の内面を見せた映画。公開 2010年

2004年くらいだったか、Temple Grandinが家畜に優しい屠殺施設を設計した、そのいきさつを出版したときには話題になった。

それはテーマが変わっているだけでなく、自閉症の視点を使って設計したからだった。また、それは、成功した自閉症の人が社会に向けて内側から声を発して、その視点を明らかにして見せたことが大きかった。それ以来、彼女は自閉症全体の代弁者となっている。

自閉症と聞くと、普通、全く人との関わりを絶って、自分一人の世界に閉じこもっている姿を想像する。ダスティン・ホフマン演じたRain Manのような人。けれども、Templeの場合はHighー Functioningと種類わけされている。自閉症と診断されてもそれは一様ではなく、重い人から、軽い人まで様々で、彼女によれば科学者やテクノロジー関係者の多くは程度の差こそあれ自閉的でFacebookの創立者は典型的だという。

彼女は牧畜業界ではセレブ的だし、世界を回って講演もする有名人で、とても問題のある人には見えない。ところが、彼女は4歳まで言葉を話さず、あばれまくり、感情の交換がなく、自分の世界に閉じこもっていたのだそうだ。お医者さんは「これは自閉症というものです。治療法はありません。施設に入れるしかありません」と、ハーバードを出た母親に断言する。1950年前半のことだ。

学校に馴染めず、みじめだった彼女がどうして博士号まで取れたかというと高校時代の理科の先生が素晴らしかったからだ。NASAを退職してTempleの高校で理科を教えていた先生が彼女の能力を見抜き励まして、後押ししてくれたからだ。

結果、自分の好きな「家畜」と関わる研究に進むのだが、研究では動物の目を持って家畜の行動を捉えていることが大きな特徴だ。

牧場の地べたに寝転んで牛たちが寄ってきて頬っぺたを舐めたりするのを平気でさせているビデオを観たが、映画の中でもそういうシーンがある。Clair Danesも実際そうしたのだろうか。何頭もの牛の顔を下から見上げて、リラックスしていられたのだろうか。オースティン近くの、BastropやSmithvilleで映画を撮影したので、そのあたりの牧場育ちの女の子をスタントとして使ったのだろうか。

Templeが大学を卒業し、修士、博士の道を進めたのは、高校時代の先生の励ましだけでなく、自分で作った「リラックスマシーン」があったからだ。彼女はストレスを受けたときには自分の体を締め付けるとリラックスできるのをおばさんの牧場で体験している。ストレスに満ちた大学生活を何とか続けるために寮で締め付けボックスを作り上げて、周囲を説得して使わせてもらう。

彼女の興味はつきない。

中国映画 Battle of Memories (バトルオブメモリーズ)- 記憶を扱い興味深いが登場人物が錯綜

Battle of Memories

公開 2017年 監督 Leste Chen

この中国映画の観客は日本人の私、アメリカ人の連れ、それに7人の若い中国人グループだけだった。

ここ半年、映画館に足を運ぶことが多いのだが、私たちが選んだ映画は、チケットを前もって買っておかないと席が取れないものと、広い映画館に8、9人しかお客が入らないような映画と二極化していた。

前者はLa La LandやBeauty and Beastのようにメディアで騒がれたもの。それにStar Warsのようなシリーズものが多く、スクリーンから弾丸、ロケット、ロボットや怪獣が飛び出してくるか、血が降りかかってくるような、「手に汗系」と私が呼んでいる種類だった。「新しいものが出たから行ってみよう」という感じで、Star Wars Rogue Oneも観たが、劇場を出た途端に忘れてしまうのは寅さんシリーズと同じ。製作関係者はそういう「癖で映画館に出かける」人を織り込み済みだろう。芸術性がどうした、こうしたには関心を寄せないだろう。

CGの手を借りた本当にシューリアリスティックなアニメなども家の小さいテレビより、劇場の大型スクリーンで観ると印象が全く違うのだろうと思う。Moanaの光る波、「君の名は」で見た透明な水の流れなどの美しさはCGだからこそ可能だ。最近観た、Ghost of Shell(攻殻機動隊)などもCGのテクニックで人間ロボットの融合が自然で驚いた。1982年のBlade Runnerから長い道のりを来たものだ。

後者の映画館に観客8人は、人間関係を綴ったようなものばかりだった。シャーリー・マクレーンの The Last Word(遺言) 、三日前に観たリチャード・ギアの演技が光るNormanも日曜の夕方にもかかわらず3カップルと私たちだけが貸切のようにして観た。リチャード・ギアが「素敵ね〜」と言われるような役でなく、イスラエルと政治が絡み、また、魅力的な旬の女優が出ていない(ロマンスが無い)のも観客を集められない原因だったのかもしれない。よく考えたら、これらは家のテレビでNetflixでも良かったのかも、と思えた。劇場放映はそう長くはないだろう。

前置きが長くて、やっとこの中国映画に行き着いた。すみません。このBattle of Memoriesはクリストファー・ノーランのインセプションを彷彿とさせ、記憶を意図的に消したり、戻したり、そうしたら混乱が生じて、となかなか興味深いストーリーだった。カメラワークも良かった。ただ、登場人物が交錯して分かりづらく、最後に「aha !そういう事だったのか」がないまま不満が残った。私だけの問題だったのかもしれない。連れに回答を求めたが、同じように頭を掻いていた。私と連れのアメリカ人以外の全ての若い中国人は分かったのかもしれない。

実はこの映画の前に何本も中国映画のプレビューがあった。殆どが、つまらなそうなホームドラマ的なものばかりだった。明らかにオハイオ州コロンバス近辺に住む中国人を対象にプレビューを流していた。
「こんなにも観客のいない映画や、つまらなそうなホームドラマをよく放映できるなあ、中国人以外見ないでしょうに」と思って後で調べたら、アメリカ全体にネットワークを持つAMC という映画館は中国の大企業Dallian Wandaが保有していた。連れは去年同じ映画館で、中国映画を観客3人だけで観たそう。中国ソフト文化を浸透させるという太っ腹の意図があれば、例えお客が来ないとしても別に何とも思わないだろうと、妙に納得した。何しろ製作自体がWanda Mediaであった。

映画 The Last Word (ラストワード)- 観客は全部で6人

公開2017年 監督 Mark Pellington  脚本 Stuark Ross Fink

コロンバスのAMC映画館には私と連れを含めて観客が6人しかいなかった。

「こんな経験(がら空きの映画館)初めてだ」と言うと、連れは「去年、中国映画を同じ映画館で観た時には3人しかいなかった」と応えた。

シャーリー・マクレーンが裕福だが孤独な老女ハリエット役を演じている。お得意の口の達者な意地悪バアさん役。、家族を含めて誰も彼も彼女を嫌っている。

ジャック・ブラックと共演した「Bernie バーニー みんなが愛した殺人者」(2011年公開)の大富豪女性と同じよう役柄だ。シャーリー・マクレーンがコメディをやるとしたら、こういう設定意外に考えられないのか。

Bernieバーニーでは、愛を求める孤独な意地悪バアさんのまま殺されてしまったが、The Last Wordでは意地悪バアさんから愛嬌のあるバアさんに変わって、彼女と関わった人に愛されて死んでいく。

ハリエットは新聞社で死亡記事を書いている若い女性を雇って、通り一遍ではない死亡告知記事を自分が生きているうちに書いてもらおうとする。雇われた若いライターのアンも他の人のようにハリエットを嫌い、怒鳴りあったりもするのだが、彼女の過去を調査したりインタビューして、知れば知るほど本質的には素晴らしい人だと分かるようになる。

そのストーリーの運びはフラットと言えばそうだし、ありきたりとも言える。

「心臓病のその名前からすると、あんな元気でドライブしたり、DJしたり、新聞社に乗り込んで怒鳴ったりできんだろう。病気の設定をむしろ癌にした方が良かったかもしれない」
などと言わないで欲しい(連れのコメント)。こういうバアさんになって最後を迎えられたら良いなあ、と思いながら映画館を出るので十分ではないか。シャーリー・マクレーンなんだから、もう一工夫して欲しいなどと厳しい批評をしている人もいる。しかし、巷にはどうしようもない映画が沢山ある。それでも土曜の夕方の公開にたったの6人しか観客が集まらなかったのは、どう見ても宣伝費をケチったか、マーケティングのミスではないだろうか。