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Austin, Texas – 消えたカリフォルニア・ドリーム

招待されずに人のうちにご飯を食べに行くのはかなり珍しいことではないだろうか。昨夜はそういう人が現れた。

最も、その人は抜き打ちで我が家の食事時間に現れたわけではなく、

“If I am inviting myself to dinner…”と前置きして、自分で作っているチョコレートを味見してもらいたいから、私たちの都合の良い日を知らせて欲しいとメールをしてきた。日時を夫が知らせると、「開発中チョコレート」を持参して彼女はやってきた。

食事前にいきなりチョコレートを味見することはしないので、ワインを片手におつまみを食べ始めてお互いの家族の近況を軽く話した後、どこからかそうなったのか、彼女はいつもの口癖のような自分が受けたカリフォルニアの教育がどんなに素晴らしいか(夢のようなカリフォルニア話)を話し始めた。

頭の良い自分の子供がアイビーリーグなどの一流大学に進めなかったのは自分が受けた教育システムがテキサスにはないからだと信じて疑わない。彼女が夢見たアイビーリーグやスタンフォードではなく、州内のローカル大学に進んだ子供にしたって、本当に「頭が良ければ」最終的には何とかなるだろうと、私は思う。彼女は、自分が育った過去の良き日から抜け出すことができないのだろう。

続けて「コスモポリタンのカリフォルニアの文化云々」と言うので、私がいつものように、それに異議を唱える展開になった。

今回は特に11月にサンフランシスコ近郊に住む友人から「この辺りの人は、(全体的に裕福)小さなバブルの中で暮らしていて、同じような種類の人たちと、同じような話をして他の信条を持つような人と接点を持つことはないだろう」と聞いていた。第一、交通渋滞が酷くて外に出かけて行くのも億劫だろう。

日曜日の朝早くはそれほど渋滞していなかったBerkeley, CA.

「そうね、この前、(カリフォルニア、ベイエリア)で何十年ぶりかの高校の同窓会に行って、違う考えを持つようになったわ」

こういう事だった。

「『君は変わっていないね』と私に言う高校時代の皆の憧れトムが、すっかり塩垂れて見る影がないのには驚いた。美人だった〇〇さんも太っちゃって違う人みたい。そういう人ばっかり。一体、みんなどうしたの?今まで何をやってきたの?って思わず聞きそうになった。私もあそこから動かずに、あのまま暮らしていたら、今頃は、あんな風になっていたのかしら?」

その後、砂糖をカットしたチョコレートを試して、これを実際に売り出すにはどうしたら良いか、などを延々と話した。夫が

「明日、会社があるからもう寝なくちゃいけない」

と言うと、持ってきたものを袋に詰め込んで、元気に帰って行った。12時を過ぎていた。次には自分でデザインしたチョコレートの箱を持って現れるに違いない。同じモノでも違ったマーケットには違ったパッケージングで売り出せば良いというアイディアが出たから。過去の夢が同窓会で弾けて、この先、迷わずに進んで行くことだろう。

カリフォルニアの良いところは海が見えること。

カリフォルニアでの結婚式。着物で踊る。

lovely という言葉で表現するのがぴったりの結婚式に出席した。宴席のデコレーションのテーマが「本」だったのは、花嫁・花婿の出会いの場がロースクールの図書館だったためだろう。花婿はこの結婚式の前日にカリフォルニア州から司法試験の合格通知を受けた。本人、既に試験にパスしている花嫁、それに出席者の全員が胸を撫で下ろし、かつ誇りに思った筈だ。

 

牧師が執り行ったセレモニーの場は木々に囲まれた緑深い戸外だった。結婚は一生をかけた二人の「スピリチュアルな契約である」的なことを延々と言っていたが、弁護士の二人は終始手を握り合い、途中何か呟きながら微笑んでいた。仕事に関係するような言葉を聞いて可笑しかったのかもしれない。その後、二人が自分の言葉で相手との出会い、その時の思い、誓いを読み上げて、指輪の交換で式は終わった。大抵の式次第は、このようなものなのだろうが、「厳か」とは違う「清い」感じがした。

ハンサムな花婿に私が一番最初に会ったのは、今から31年前。夫と私は結婚儀式を日本で仏式で挙げて、カリフォルニアではレセプションだけを、やはり戸外で行った。そこに連れてこられた彼はヨチヨチ歩きをしていた。髪の毛が燃えるように赤かったのが印象的だったが、あの色は大きくなるに従って変わってしまうんですね。私たちが東京に住んでいた時には、父親と一緒に黒いシャツ、サングラス、それに土管のような超ダバダバなジーンズで訪ねてきた。生意気な中学生時代。
スリムな体にフィットした、この日のスーツ姿を誰が想像できただろうか。別れた両親は会場でにこやかに会話を交わしていたが、これぞ大人の社交の仕方というものだろう。それぞれが共通のゴールに到達した境地なのかもしれない。これからも別々の場で、若い世代に含めてもらいながら、この先の人生を交わることはなく、いや、もしかしたら交差しながら送るのだろう。

パーティーでは、花嫁・花婿、それにお客さんがエネルギッシュに踊っていた。私も着物で踊ったのだが、花嫁さんが私を見つけて、「あなたがTomokoね、来てくれて嬉しい」と手を取って言ってくれた。私も音楽に負けずに大声で「おめでとう、私もすごく嬉しい」と言った。長いこと飲んだり、踊ったりしていたのだが、さすがに音と若いエネルギーに圧倒された我がグループは二人に幸多かれと願いながら会場を後にした。