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Austin, Texas – 忙しいけれど焦らない。イライラしない。

Oak Hill Post Office from Wikimedia Common

「それで、僕は78年(1978年)に卒業したんだけどさあ」とのんびりとお客と会話をする白髪の郵便局職員。一年で今が一番忙しい時期だ。会話をしながらお客さんが持ち込んだ山のようなパッケージを次から次に処理している。会話の相手の女性は笑って聞いている。

列は長い。皆静かに待っている。私は待つことを予想して本を持ってきていた。番が回ってくると、

「辛抱強く待ってくれてありがとう」と言った。

「お待たせして申し訳ありません」ではない。

「これの中身は本、こっちは中国行きの本」とカウンターに次々に幾つかの封筒を乗せると

「と、も、こ。日本人だよね」

「よく分かったわね〜 とみ子が多いんだけど、時にはトマトって言われることもあるのよ」と言うと、

「アメリカ人は何も知らないからなあ。僕は俳優のTakashi Shimura (志村喬)が好きなんだよ。音で何となく日本語かどうか分かるんだ」

彼はクロサワ映画の「七人の侍」より何より「生きる」が好きで、見るたびに泣くという。ゴジラの話にもなった。そんな会話を6、7分、郵便物を計量したり、郵送料を説明したり、スタンプを貼りながら話した。全てが終わると” Have a good afternoon!”と言って別れた。長い人の列に焦ることもなく、淡々としてお客の相手をしている。イライラした顔の人もいないが、ことによると、黙りつつもYelpのようなソーシャルメディアで低い星をつける人がいなくもない。まあ、いないだろうな。そういう場所だ。

 

 

 

 

 

映画「八墓村」– 1977年版は寅さんが金田一耕助を演じた

公開 1977年 監督 野村芳太郎 脚本 橋本忍

持っていることを忘れていたDVD。オープニングは古い羽田空港。

 

 

 

若いショーケンがAGS職員(飛行機を誘導するスタッフ)に扮していて懐かしいと思いながら見ていると、一転して山深い岡山県の村に舞台が移された。いつ怖いことが起こるのかと期待(?)しながら見ると双子の白髪の老女小竹と小梅が古い家で黒い着物を着て座っているだけで不気味だ。その二人が腰を屈めて暗い庭を歩くのも何故か怖い。彼女たちは、AGS職員のタツヤを、この旧家の資産家、多治見家に戻して家を継いでもらおうと画策していた。なぜなら本筋の後継者久弥は病弱で、出戻りの久弥の妹は子供を産めない体だった。タツヤは一応、二人の弟なのだが、誰もがそうではない事を知っている。

タツヤは自分を探している新聞広告を見て、母親の言い残した自分の出生地を知りたいがために、この家に来るわけだが、何故か次々に人が死んで行く(ミステリーでは大抵平和な村で人殺しが起きる)。新聞広告を出した法律事務所に雇われて村に来た探偵が寅さんじゃない、渥美清演じる金田一耕助。この役はてっきり石坂浩二だと思っていたので、ちょっとがっかりした。寅さんのイメージを振り払って、渥美金田一に慣れるのに少し時間がかかった。今更、私があらすじを説明するまでもなく、この多治見家を含めた八つ墓と呼ばれる村の「祟り」と、その「祟り」を盲信する人々を操る人がいることを金田一耕助が解いていく。気が触れた山崎勉の演技は迫力がある。

そこで古いDVDをしまって忘れてしまえば、それでお終いだったのだが、登場人物の関係がすっきり分からないので「おさらい」をしようと思ってインターネットで「八つ墓村」とキーワードをインプットすると、私の知らなかった「津山事件」と呼ばれる1938年に起きた陰惨な事件が上がってきた。原作者の横溝正史は岡山県で実際に起きた30人もの死者が出た、この事件を元に本を書いたのだという。

過去の事件を今知ったからと言って何の役にも立たない。が、小さな村で孤立していた若者が精神を病んで村人を殺して最後に自分も死んでしまい、何故そうしたのか?は誰も分からないのは、アメリカで何度も起きている銃乱射事件と共通性がある。つい最近、2017年11月5日にテキサスのSoutherland Springsという人口600人程度の町で起きた銃乱射事件も死者は26人に上り、本人は最後に自殺してしまった。そのため、乱射した理由は永久に分からない。

日本は昔、平和だったと思い込むのは間違いで、私たちが知らずに済んだだけなのかもしれない。また、人を孤立に追い込むのは、コミュニティーとして後味が悪いだけじゃなくて、大きなリスクを伴うことになるのは、いつの時代でも、どこでも同じだ。

 

中国映画 Battle of Memories (バトルオブメモリーズ)- 記憶を扱い興味深いが登場人物が錯綜

Battle of Memories

公開 2017年 監督 Leste Chen

この中国映画の観客は日本人の私、アメリカ人の連れ、それに7人の若い中国人グループだけだった。

ここ半年、映画館に足を運ぶことが多いのだが、私たちが選んだ映画は、チケットを前もって買っておかないと席が取れないものと、広い映画館に8、9人しかお客が入らないような映画と二極化していた。

前者はLa La LandやBeauty and Beastのようにメディアで騒がれたもの。それにStar Warsのようなシリーズものが多く、スクリーンから弾丸、ロケット、ロボットや怪獣が飛び出してくるか、血が降りかかってくるような、「手に汗系」と私が呼んでいる種類だった。「新しいものが出たから行ってみよう」という感じで、Star Wars Rogue Oneも観たが、劇場を出た途端に忘れてしまうのは寅さんシリーズと同じ。製作関係者はそういう「癖で映画館に出かける」人を織り込み済みだろう。芸術性がどうした、こうしたには関心を寄せないだろう。

CGの手を借りた本当にシューリアリスティックなアニメなども家の小さいテレビより、劇場の大型スクリーンで観ると印象が全く違うのだろうと思う。Moanaの光る波、「君の名は」で見た透明な水の流れなどの美しさはCGだからこそ可能だ。最近観た、Ghost of Shell(攻殻機動隊)などもCGのテクニックで人間ロボットの融合が自然で驚いた。1982年のBlade Runnerから長い道のりを来たものだ。

後者の映画館に観客8人は、人間関係を綴ったようなものばかりだった。シャーリー・マクレーンの The Last Word(遺言) 、三日前に観たリチャード・ギアの演技が光るNormanも日曜の夕方にもかかわらず3カップルと私たちだけが貸切のようにして観た。リチャード・ギアが「素敵ね〜」と言われるような役でなく、イスラエルと政治が絡み、また、魅力的な旬の女優が出ていない(ロマンスが無い)のも観客を集められない原因だったのかもしれない。よく考えたら、これらは家のテレビでNetflixでも良かったのかも、と思えた。劇場放映はそう長くはないだろう。

前置きが長くて、やっとこの中国映画に行き着いた。すみません。このBattle of Memoriesはクリストファー・ノーランのインセプションを彷彿とさせ、記憶を意図的に消したり、戻したり、そうしたら混乱が生じて、となかなか興味深いストーリーだった。カメラワークも良かった。ただ、登場人物が交錯して分かりづらく、最後に「aha !そういう事だったのか」がないまま不満が残った。私だけの問題だったのかもしれない。連れに回答を求めたが、同じように頭を掻いていた。私と連れのアメリカ人以外の全ての若い中国人は分かったのかもしれない。

実はこの映画の前に何本も中国映画のプレビューがあった。殆どが、つまらなそうなホームドラマ的なものばかりだった。明らかにオハイオ州コロンバス近辺に住む中国人を対象にプレビューを流していた。
「こんなにも観客のいない映画や、つまらなそうなホームドラマをよく放映できるなあ、中国人以外見ないでしょうに」と思って後で調べたら、アメリカ全体にネットワークを持つAMC という映画館は中国の大企業Dallian Wandaが保有していた。連れは去年同じ映画館で、中国映画を観客3人だけで観たそう。中国ソフト文化を浸透させるという太っ腹の意図があれば、例えお客が来ないとしても別に何とも思わないだろうと、妙に納得した。何しろ製作自体がWanda Mediaであった。